白光真宏会-北陸

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福井県唯一の霊山、越知山

福井ブログ

福井県:越知山例祭の越知神社

私は近年、越知山に何回も登りました。泰澄大師の足跡を辿るように福井の200の山に登り、山と自然に呼吸を合わせるように、泰澄大師に導かれた気がいたします。
越知山頂上にある越知神社には、平安時代から代々大谷家が宮司として守ってこられ、室堂に泊まられ、全国からからの登山者を暖かく迎えて下さっております。
その、大谷宮司さんと親交を深めることが出来たのも、泰澄大師の導きと思っております。福井県(I)。

越知山(おちさん)は福井県福井市と、丹生郡越前町の境にある標高612.8mの山。 古くから白山、日野山、文殊山、蔵王山とともに越前五山の一つに数えられてきた。 泰澄が幼少の頃夢のお告げにより、青年まで修行したと伝わる北陸最古の修験霊場として伝わる。
福井県の嶺北、丹生山地にあり、越の大徳として広く慕われている泰澄大師(682~767年)が、修業し仏の悟りを得られた 山として知られています。そのため、大師の縁の御本社をはじめ、奥の院・別山・石仏・修業場の遺跡など多数見られます。
また、木々深く清麗なる水が湧 き、清浄なる気につつまれる自然豊かなこの越知山は、原生林などがあり学術研究の場にもなっています。 好天にもなると、展望台からは周辺の山麓や、街並 みが見渡せ、遠くは白山連峰の雄姿が眺望できる風光明媚な観光名所として県内外の人々に親しまれています。 越知山の越知というのは、若返る水が湧き出る という意味で、「越の水」は万葉の時代から知られています。 特に、越知山の有名な霊水として「独鈷水」があり、大師が独鈷で突き、湧き出たとされ、如何 なる病も治す霊水とされています。泰澄大師/たいちょうだいし 泰澄大師は飛鳥時代(7世紀末)、越前国麻生津(現福井市三十八社町、泰澄寺)に生まれま した。
神童といわれた大師は14歳の時、夢のお告げで越知山に上り、苦行難行の7年後、21歳の時ついに仏の教えを悟ったといいます。この名声は都まで届 き、朝廷は鎮護国家法師に任じました。 その後36才の時、2人の弟子、臥行者・浄定行者と共に霊峰白山を開いたとされています。 養老6年(722年) 元生天皇のご病気を祈祷によって治したことにより、神融禅師の号を賜りました。天平2年(730年)一切経を写経し法隆寺に納めました。これは、宮内庁 図書寮に今も残っています。天平9年(737年)全国に疱瘡が流行し、勅命により祈願を行い疫病を治めました。このとき、天皇から大和尚位を授けられ、 「泰澄」の名を賜りました。 神護景雲元年(767年)越知山に戻られ、釈迦堂の仙窟に座禅を組まれたまま86才で亡くなられたと伝えられています。(越知山・大谷寺) 
(一部、越知山観光開発促進協会より)

富山県代表の山、立山

富山ブログ

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  立山(たてやま)は、飛騨山脈(北アルプス)北部の立山連峰に位置する山で、雄山(おやま、標高3,003 m)、大汝山(おおなんじやま、標高3,015 m)、富士ノ折立(ふじのおりたて、標高2,999 m)の3つの峰の総称である。雄山のみを指して立山ということもあるが、厳密には立山連峰に立山と称する単独峰は存在しない。

立山連峰の主峰で、中部山岳国立公園を代表する山の一つである。剱岳とならび、日本では数少ない、現存する氷河を有する山である。
古くから日本の山岳信仰の山として、日本三霊山(白山、富士山)の一つである。日本三名山、日本百名山、新日本百名山及び花の百名山に選定されている。 雄山の山頂には、雄山神社本宮がある。峰本社神殿右端の前には、測量の基準である大きな黒御影石の標石(標高点3,003 m)があり、その約70 m南南西に一等三角点(標高2,991.59 m、点名は立山)の標石が設置されている。
雄山・浄土山・別山を「立山三山」と呼び、その周辺の山々と合わせて狭義の「立山連峰」ということがある。広義で「立山連峰」という場合は僧ヶ岳から黒部五郎岳の辺りまでを呼ぶこともある。古くは、三俣蓮華岳から猫又山に至るまでを立山七十二峰と呼んだという。これとは別に立山火山がある。室堂山、浄土山、国見岳辺りを最高地点としている。かつて山体は立山カルデラにあり、元の立山火山の山頂部は侵食で喪失している。弥陀ヶ原と五色ヶ原はこの火山の火砕流堆積物や溶岩の台地である。ミクリガ池、ミドリガ池は火口湖であり、現在の立山火山の主な火山活動は地獄谷周辺の火山性ガスの噴出と温泉噴出である。
「立山」は単なる地理的な名称ではなく、室堂・地獄谷・弥陀ヶ原や立山カルデラという立山一体を含んだ地理的な広がりと、立山信仰や遥拝登山など精神的な広がりを含んだ複合的な意味を持っている。 立山についての記述のある最古の文献である万葉集には「多知夜麻」と記され、古くは「たちやま」と呼ばれていたようである。立山が刃を上にして太刀を横に置いた形だとも聞く。また、たちやまは「太刀山」であるから、本来は剱岳のことであるが、なぜ今の場所を立山と言うようになったのかはわからない、という説もある。また、日本を作り終えた神が天界に戻る際に踏み台代わりに足をかけて立った山だから「たちやま」という説もある。
(ウィキペディアより)

石川県代表の山、白山

石川ブログ

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  白山は晴れた日に福井県の嶺北地方、石川県の加賀地方の人々にその真っ白の勇姿を見せてくださり、私達の心を清浄にしてくれます。

白山は白山国立公園内の石川県白山市と岐阜県大野郡白川村にまたがる、標高2,702mの山である。日本百名山、新日本百名山、花の百名山及び新・花の百名山に選定されている。最高点の御前峰(ごぜんがみね)には、一等三角点と白山比咩神社奥宮がある。 富士山、立山と共に日本三名山(日本三霊山)のひとつである。

白山は、富山県、石川県、福井県、岐阜県の4県にまたがる両白山地の中央に位置し、その最高峰である。山頂周辺は、成層火山となっている。30万年から40万年前から火山活動を始め1659年(万治2年)の噴火が最も新しい。白山とは、最高峰の御前峰(標高2,702m)・剣ヶ峰 (2,677m) ・大汝峰 (2,684m) の「白山三峰」を中心として、周辺の山峰の総称である。そのため厳密には、現在の県境は、石川・福井・岐阜・富山に跨る。また、別山・三ノ峰を加えて「白山五峰」という。「白山連峰」と呼ばれることもある。 北陸地方の中では標高の高い山であるため、他の山では残雪が消えた季節でも「白い山」として遠方からでも一目で判明する山である。また、白くなった白山は北陸に晩秋が訪れた象徴ともなる。

純白の山頂は、神仏の宿る聖域であり、人が簡単には踏み込むことができ ない聖域と考えられていました。そこは、天に通じる空間、また、神や仏に最も近い場所と考えられたのです。そういった禁足地に初めて足を踏み入れたのは、 越前の僧『泰澄』でした。平安時代中頃に成立したと考えられる『泰澄和尚伝』には、白山開山を決意した泰澄が、養老元年(717)に母の生誕地である勝山 市南部の地から白山の頂上に登り、御前峰、大汝、別山の三つ峰で、それぞれ神と仏の本来の姿を知ったことが記されています。泰澄が白山を開山して以後、そ こは山岳修行の霊場、霊験あらたかな観音の聖地として発展していくことになります。(一部、ウィキペディアより)

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