白光真宏会-北陸

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「宇宙の責任者はあなたです」斎藤秀雄

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   あなたの責任ではありません

 私はいつの頃か、又誰から聞いた話だったか、忘れてしまったが

「宗教は、神の前で懺悔をすることから始まるものだ」

と聞かされた記憶があった。

 そこで五井先生のお暇な時、是非聞いて頂こうと思っていた。

或る日、来訪者も一区切りして、誰もいなかったので、個人指導のお部屋を覗いて

 “先生よろしいでしょうか”

と、お伺いした

 “ああ、斎藤さんか、さあ、どうぞ”

 “先生、宗教に入ったら先ず懺悔をすることから始るものだと聞いていましたが、私は随分色々な人生を渡り歩いてきた男です。青年時代は社会主義運動のグループに入り、人類救済はこれ以外にないと思い込み命懸けでやっていた時代もありました。

 けれど、共産党の大検挙の時、取調中に肺結核から腸結核になり、もう危ういとといわれ、不起訴で仮釈放となったのです。

 それから、社会主義運動は一応断念して、長いこと忘れていた親孝行と平行できる商売の道に入り、色々やりましたが失敗に失敗を重ね、内地を食いつめて遂に満州に渡りました。

 そして、菓子屋の配達小僧を振出しに、興信所、運送店その他を経て、どうにか三年目には、小さな運送店を開店したのです。それを契機として貿易商、電気工具メーカー、土木業その他五つの会社を経営するようになりましたが、戦争―敗戦―敵地より引揚となり混乱の内地へ帰って来たのです。

 当時、まだ幼い子供五人と妻を養わねばならぬ責任があり、戦後の混乱の中でまともな職にも有りつけず、闇商人の仲間に入り経済警察の厳しい取締りを潜って、あぶない橋を渡りながら生活費を稼ぎました。

 その内、友人の経営している金融会社に入り、金々々の金融マンになって金集めに奔走したものです。親類や友人の後援もあって、三億円近い金を集め、その会社の副社長に就任したのです。それからというものは、お客さんの接待役となり、料理屋、キャバレーなどへ出入りし、紅灯の巷をお客様の接待をいいことにして遊び廻ったものです。こんなことは厳密にいえば背任横領になると思います。“

 私の言葉を遮って、五井先生が

 “斎藤さん、そんなことをくよくよ思う必要はありません。それは皆んな、あなたの御先祖の責任である業をあなたが替わりに消してきたものです。あなたの責任ではありませんよ”

 悪いことをしたもにだと思っていたが、宗教的に見れば、それは私の責任ではなかったのだと思い返して気が楽になった。

 あとで知ったことであるが、私の積んできた業を、殆んど五井先生が背負って消して下さったのだということが分かって五井先生に申し訳なかったと慚愧にたえなかった。

 五井先生の所へきたら、懺悔などもういらないのであった。先生にお会いした時、先生は私の前生の又その前の前生までも凡てお見透しでいらっしゃるのだ。只知っているぞと言われれば、こちらの心が痛むので知らぬふりをなさっていらっしゃるのです。

 “私に会ったら、もう、大丈夫ですよ”

 と、常々皆に、おっしゃっている意味が、それから、三、四年して理解ができるようになった。

   凡て、あなたの責任です

 それから、数年が過ぎた或る日、私は昱修庵に行き、先生にお昼をご馳走になり、二階で雑談をしていた時、先生が

 “斎藤さん、この新聞の写真をよく見てご覧なさい。ここにベトナムの戦災孤児の収容所の写真が出ていますよ。骸骨のように痩せて、お腹だけが膨らんでいる子供たちの哀れな姿が沢山のっていますね。斎藤さん、このベトナムの惨憺たる姿は凡て、あなたの責任ですよね”

 私は、先生の意外なお言葉にびっくりして“先生、私はベトナムに武器を売込んだことも、全くありません”

 “斎藤さん、ほら、この三面記事をご覧なさい。宝塚の資産家中川家遺産あらそいで、弟が兄を殺して、自首したという記事が出ていますね。これも、あなたの責任ですよね”

 “先生、私は中川家とは何の関係もありません”

 “斎藤さん、世界平和の祈りとは、凡ての世界を創造された大宇宙神のみ心から発しているものである。と、いうことは御存じですね”

 “ハイ、そのように先生から教えて頂いております”

“世界平和の祈りは、あなたが祈る時は、肉体のあなたが祈るのでなく、守護神さん、守護霊さんが祈っているのです。ということも御存じですね”

 “ハイ、そのように。思っております”

 “私のお弟子達の守護神さん守護霊さんは誰でも、皆んなこの世に生まれてくる前から霊界にある”救世の大光明霊団“という、地球世界を救済する目的のもとに結成された大霊団に参加しているのです。そうした関係があり”救世の大光明霊団“の中心者である私の所へ守護神、守護霊さんにつれられてきて私のお弟子になったのです。この救世の大霊団は、神界にいらっしゃる大宇宙神のみ心を地球世界に実現するために結成されたものです。

 ですから、世界平和の祈りを祈るということは、その元の宇宙神の心の中心(大生命)へ帰ることです。そして、大宇宙を創造された責任者の心になって、宇宙全体を、その立場から見直すことになります。その責任者の心になって再び地球に帰えり、地球を見直し、日本人なれば日本に帰りその町々を、自分の家庭を、地球の責任者として見直すのが世界平和の祈りの真髄ですよ。ですから地球上に宇宙中に起きた凡ての事柄は、あなたの責任だという自覚が世界平和への道です“

 “先生、ありがとうございました。先生の教えて下さっている世界平和の祈りのスケールの大きさを初めて解らせて頂きました”(白光・昭和57年1月号より)

◎2019年11月10日富山練成会の資料からお許しを頂き掲載させて頂きました。(I)

 

世界平和の祈りの大きさ

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    皆さんの統一が上達したから、世界平和の祈りの大きさを一度見せてあげましょう、と五井先生がおっしゃり、私達は先生と共に出発した。

 ふと気づくと、地球の上に出ている。地球が目の下にボールのように見える。また一段上ると、円盤が見えた。空飛ぶ円盤だ、と私は思ったが、

「あれは円盤ではない、銀河系宇宙です」

と先生は教えて下さった。銀河系宇宙まで世界平和の祈りの働きはふくまれているのだ。というひびきを感じた。と瞬間アーッという間にまた上がった。すると一杯に星が見える 星だと思ったのが先生のご説明で、その星の一つ一つが島宇宙(銀河系宇宙もその一つ)だとわかった。宇宙は全く大きい。その時、

「この宇宙を、大神様はハッと思う瞬間に大宇宙のある個処で今まさに創造している。その息吹き、その力が、世界平和の祈りなのだ」と先生がおっしゃる。

 この祈りを私達は祈っているのだから、このまま大神様の働きの一部を、私達が働いているのだということと。

「地球は大宇宙の一員であって、地球が浄まらなければ宇宙は浄まらない。ということは人類の一人でも浄まってなければ地球は浄まったということにはならないということです。一人一人が浄まり全人類が浄まるのが世界平和の祈りなのですよ」

 ということを五井先生より教えられたのでした。

               (統一実修会より要点筆記)

※この内容は富山練成会の資料から、講師の方より許可を頂き掲載させて頂きました。(I)

「書きのこすこと」 (3~7)  伊藤 顕

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3、神様に書き損じはないよ

  お浄めの当番で、私が旧東京道場にまいりました時、永安さんから色紙を二枚あずかったことがありました。
 五井先生のお祈りの言葉の色紙がまだ無い頃でしたので、「世界人類が平和でありますように」」と先生に書いていただきたいと、私が市川に住んでおりましたので、頼まれたのでした。
 大変光栄なお役目ですので、喜んで当時の会長室に、五井先生をお尋ねいたしました。そして、先生に色紙をお渡しいたしますと、「二枚あるけどなーに?」とおっしゃられたのです。「何かの時に役立つから、二枚入れておきます」と、永安さんから言われたのですが、五井先生には「もしもの場合です」などとはとても申せませんので、お答えにつまっておりました。すると、「そうか、分かった。じゃあ、出来たら連絡するから」と、先生が言われました。
 そして、二、三日いたしますと、先生から「伊藤さん、出来たから取りにいらっしゃい」と、ご連絡がございましたので、いそいそと出かけて行きました。
 玄関でお待ちしておりますと、取次ぎの藤井さんが、出来上がった二枚の色紙を持ってこられまして、「一枚は世界平和の祈りですよ。そしてもう一枚は、いろいろな意味であなたにあげるって、五井先生が書いてくださいましたよ」と私にくださったのです。
 それには「誠意・昌久」と書かれてございました。私は思いもかけない賜物に「そうですか、ありがとうございます」と満面の笑みでいただきますと、藤井さんが、
 「伊藤さん!五井先生がおっしゃっておられましたよ。『神様に書き損じは無いよ』ということを伝えなさい、と」・・・私は平身低頭その二枚の色紙を押し戴いて、引き下がってまいりました。
 その色紙は今も大切に家に飾っておりますが、それを拝見する度に、五井先生の暖かいお心と、神様はすべてのすべて完璧なんだという五井先生のお言葉がひびいてまいります。

 4、皆さんの祈りがすばらしい

 五井先生のお浄め部屋には、五井先生が自叙伝に書かれていますような「掖明(よあけ)観音像」が床の間に横に置かれてありました。
 初めのうちは普通の観音様のお像だと思っていましたが、それが、白光誌に「天と地をつなぐ者」が掲載されてから、それが「掖明観音像」だと分かると、お浄めにこられるほとんどの方が、まずその観音像に手をあわせてから、五井先生のお浄めをお受けになっていました。後から来る人も順々に。前の人にならってゆかれるので、自分の順番になったときに、私も「素晴らしい観音様ですね」と申し上げました。そういたしますと、先生はニコニコされて私をご覧になられ、「あなたの祈りが素晴らしいよ」と強いひびきでおっしゃられました。深い意味を含んだそのお言葉は、今も私の心に響いています。
 それは、形に現れたものも勿論大切だが、それよりもなお、神さまそのものが、いつでもどこでも印を組み、世界平和の祈りを祈っているわたしたちの素晴らしさというものを教えていただいたのです。 ”人身得難し”といわれますように、肉体身をもって世界平和を祈り、「我即神也」「人類即神也」の印を組ませていただいている私たちの有り難さを強く思わせていただきました。

 5、「神と人間は、浄まるご本」

 毎日たくさんのお浄めとご相談されていた五井先生は、そのお忙しい合間合間に、ご自身で赤エンピツをもたれ「神と人間」出版のための校正をしていらっしゃいました。
 そして、昭和二十八年五月に、ご本が出来上がりますと先生は、「この本はまだ一度もこの世界に現れたことのない内容の本ですよ」と言われました。
 今も拝読する度に私は、神さまが初めて地球世界に宇宙の真理、人間の真実の生き方を、神我一体になられた五井先生によって、日本語で書き降ろされた真理の書であることが深くひびいてまいります。
 今、その時五井先生からいただいた初版本を開けてみますと、六十数年の年月で紙は各頁とも茶色になっていますが、何回もお経のように毎日読ませていただいたのに、赤線など引いた箇所が一つもないのに驚いています。
 この「神と人間」の中の一言一言が本当に大切なお言葉ですので、私の性格でしたら、もうたくさんの赤線を引いていて当然ですのに、一つも赤ラインを引かずに読ませていただいたのは、ご本をいただいたときの直感で、この「神と人間」というご本は、ライン引き出したら全部引くよううになってしまうご本である、と感じられたからだと思います。
 私はその頃は、家に帰ってご飯を炊き上げるまでの二十分間程が、私にとって一番ゆったりとした一刻でしたので、「神と人間」をガス台の上に立てかけて、合掌しながら読み続けておりました。
 ある日、そのことを五井先生に申し上げますと、「それは、浄まりますね。本を合掌する心で読まれると浄まりますよ」とおっしゃってくださいました。そして浄めというのは、五井先生の前に座らせていただく時だけだでなく、真理の書を心をこめて拝読するときにも、神さまからのお浄めをいただけるのだと教えていただきました。
 特に、第七章の「私の祈念法」の中の「神さま、どうぞ私の心に愛を充実せしめ給え。とその祈りを毎日欠かさず続けていることは、細かい種々な願い事をする神詣で、仏参りをするより、はるかに、はるかに、その人を高い境地に、導いてくれるものである定まった一時のの祈りよりも、常に常に心に抱いた想念の方が、よほど効果があるものである」というお言葉は、私の人生を導いてくださる大きな「道しるべ」となりました。

 6、 五井先生の救世主宣言

イエスキリスト、金星の長老、弥勒如来、釈迦牟尼仏、老子の五聖者、五井先生と合体さる

 昭和三十七年三月十一日、聖ヶ丘道統一実修会で、皆さんの前で、五井先生は「我は世の光りなり」とはっきりと救世主宣言をなさいました。会場に集まった人々は感激して、人類救済の運動に心身を捧げることを心の中で誓ったのでした。(白光誌昭和37年4月号76頁)

 

 7、 これから本当の人間を育てる (五井先生ご法話・白光誌昭和37年5月号より)

 これから肉体の人間のご機嫌などをとることを一切私は止めますよ。そんなことして何になるか、只その人の本心が開くために、その人が本当の人間になるために、本当に神の子の姿を現すために、私は懸命に努力しますよ。そのためには甘やかした方がいい時には甘やかすかもしれない。グチを聞いてあげる方がその人の魂が開く場合には、ああそうかね、と聞くかもしれない。しかしそうでない場合には、このバカヤロー、と怒鳴りつけちゃいますよ。そういうようになりました。だからこわいんだか、優しいんだか、自分自身にもわからない。こわい時にはうんとこわいし、優しい時にはうんと優しい。それがいいんです。今までみんなが本当に消えてゆく姿で平和の祈り、という道をつけ、開いて、そして今度はその道の中に入ってきた。相当に出来て来たから、幹部のいゆる古い人達はもう消えてゆく姿さえもいらないのだからね。とたんに空にならなければ駄目。パッと空になるような修業をしなければならないと思うのです。

 そこで私は幹部の再教育をしたいと思っています。ビシビシと尻をひっぱたいて(笑)鍛え直そうと思っている。今までは、たががゆるんでいた。だから鍛え直して本当の人間にしようと思っている。どこの宗教家が見ても、唯物論者がみても、どこから見ても、ああ五井先生のお弟子は立派だなあ、といわれる人間にしようとおもっている。ああでもない、こうでもない。なまこのような、なめくじのようなフニャフニャしたものは、いたってしょうがない。みんな叩き直そうと思っているのです。覚悟はよいか(笑)ってなるんじゃないかな(拍手)
 愛するということは、その人の本当のいいものを、いい持ち味出さなければ、愛することにならないんですね。その人の愚痴を聞き、業想念を聞いて、ヘイヘイいっていたんじゃそれは愛することではなくて、弱虫ということです。だからその人の長所、持ち味をズバリと出すように、私はこれからやることにしました。そうすればみんな立派になります。怒鳴りつけるときは怒鳴りつける、優しくするときには優しくしますから、どうぞそのおつもりで、みんな張り切って下さい。

 皆さんが真祈りの中心であり先達
   
 いいですか、皆さんが世界人類を救うのですよ。肝に銘じて下さい。世界平和の真祈りの中心なんですよ。自分たちが救われるんじゃなくて、自分たちが救いに立つのです。皆さんの過去世をみれば、みんな相当なものです。それなのに、この世の垢や塵がついてヘナヘナなんかしたのだのだけれども、実はヘナヘナした人間など一人もいないのです。みんな神の子なのです。みんな前生において、修業に修業を積んだ人間が集まっているのです。それでなければこの祈りのことがわからないんですよ。五井先生がわからない。少しでもわかるということは、過去世において修業を積んだ賜物なんですね。修業をなにも積まない人間は、唯物論者のようになって、神がいないとか、霊がいないとか、くだらないことをいってのさばっているんですよ。少しでも修業を積むと神さまがわかるし、霊のこともわかるのです。
 だから皆さんは幸せな人達です。世界人類を本当に救うための第一歩を踏み出す時に、五井先生と共に手をつないで、世界平和の祈りが出来るということはなんたる幸せよ、と老子はいうのである。

 生きるということは厳しいもの

 皆さん子供を育てるのでも、只叱ってはいけませんよ。本当うにその子を愛して、それで叱りなさい。叱って死んでもいいんだ。そんななまくらで生きているのなら、死んでもう一遍霊界でやりなおして、肉体に生まれ更ってこい。そういうつもりで子供の教育をしなさい。そしたらその気迫に打たれて子供もしゃんと直るから。
 なまくらで五十年七十年生きたって何にもならないんですよ。それは死んでいるのと同じ。生きているというのは、生命がピンピン生きていること、生命が光り輝いて、それで生活していることであって、ぐだぐだしているのは死んでいるのと同じだから、いっそのこと、パッサリ死んだ方がいい。そうすればやり直しがきくから。なまくらに生きているからやり直しがきかない。死んでいるのと同じような生き方ををするなら、一遍死に切っちゃって、もう一遍生れ更った方がいいのです。
 生きるということはそれ程厳しいことなんですよ。今まで皆さんはそういう話を五井先生から聞かなかった。しかし生きるということはきびしく、一分一秒もゆるがせに出来ない。その厳しさに耐えて、自分を見つめて自分を鍛え上げてゆくことこそ、魂の本懐であるし、本心開発の一番の近道です。
 それを五井先生は消えてゆく姿で世界平和の祈りというやさしい教えにして導いて、今日まできたのです。それで今日からは消えてゆく姿に世界平和の祈りを含めた中に、少しピリッと芥子をきかせてご指導いたしますからね。(中略)

 皆さんの運命は私が引き受けた!

 この世からあの世まで全部引き受けます。
必ず永遠の生命が光り輝くように私が引き受けるから、皆さんは世界平和の祈り一念でやりなさい。
 私が引き受けた、私というのは全部の神々が入っている私ですよ。いいですね。どうぞそのおつもりで。(以上)

(私の感想)
                                             高橋英雄
 伊藤顕シニアーメンバーの「書きのこすこと」は好評である。今回の五井先生にまつわるエピソードも、皆さんに新鮮にうつることだろう。
 昭和37年5月号よりのご法話、幹部の再教育をする、鍛え直す、とおっしゃるが、そのきびしさがどのようなものであったか、私には記憶がない。
 基本的に先生の人柄である優しさに変化はなかった。だが先生の内部で優しい愛ときびしい愛と使いわけられるようになったことは確かであろう。先生の基本は神への全託である。全託というのは「優しい」で限定されるのではなく、神の御心によって「厳しさ」も自在に生まれてくるということである。しかし根本は優しさにある、と思う。
 世を救い、人を救うのは強さではなくして、優しさである。その優しさのきわみ慈愛が、人のため世のために命を投げ出すのだ。そしてその慈愛の心は、永遠に人々の心に残り、伝わってゆく。

(五井先生研究 No。167から)

※高橋英雄様、伊藤顕様のお許しを頂きこの「書きのこすこと」を、「五井先生研究」から転載させて頂きました。

日本の使命

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 2011年3月11日に東日本大震災が起こった。約1万6千人の死者と6千人以上の重軽傷者、そして約2千5百人の行方不明者を生んだ。戦後最大の自然災害であった。地震と津波の直接の被害者ばかりではなく、電気や交通が断たれた首都圏の住民も大きな影響を受けた。
 この未曽有の大災害を日本人は見事に耐えた。被災地では、被災者がわずかな食糧・燃料・衣類を分けあい、助けあい、生き延びた。首都圏では徒歩で帰宅する市民に、コンビニや商店が無償で食品やトイレを提供した。公衆電話やタクシー乗り場の前には長い列ができたが、割り込む人はいなかった。他の国ではおそらく起こったであろう、商店への略奪も起こらなかった。普段はバラバラな個人でしかなかった人々が、互いに他者を気遣い、思いやった。
 世界中の人々はこの日本人の姿に深い感銘を受け、インターネット上には「日本のために祈ろう(Praey for  Japan)」という言葉があふれた。あのとき、日本人の善なる本質、いわば神性が輝き出たのだと思う。
 だが、その輝きは閉ざされてしまった。福島原発事故は、「直ちに影響はありません」という言葉で隠蔽された。あれだけの大事故を起こしながら、また世界中が脱原発、再生エネルギーに向かっている中で、日本政府は原発を再稼働しようとしている。原発からはいまだに放射能汚染水が垂れ流しになっていながら、その事実は広く国民が知るところとなっていない。国民も日々の生活に追われ、被災地のことも忘れがちだ。多くの政治家、官僚、財界人は、原発による目先の経済的利益を優先し、使用済み核燃料の処理方法を考えていないようだ。
 現在の日本は、あらゆる面で行き詰まりの様相が濃い。このまま行けば、日本の衰退は避けられないだろう。だが、それを覆すだけの底力を日本人は持っている、と筆者は信じている。そのためには、日本人はあの時をいま一度思い起こさなければならない。目先の利害と自我欲望を超えて、人々への愛と一体感に目覚めたあの輝きの時を。
 さらには、日本中が焼け野原された1945年8月を思い起こさなければならない。あの時、日本人は平和の尊さを知り、憲法9条に平和への意志を込めた。広島・長崎は核兵器による人類絶滅を防ぐために起ち上がった。
 東日本大震災の時に輝いた光は、世界平和への願いと結びつかなければならない。日本ほど、世界平和を純粋に訴えることができる資格を備えた国はない。日本人は今こそ内なる神性を復活させ、「世界人類が平和でありますように」と祈らなければならない。それが世界を平和に導くための日本の使命がある。(N)

月刊新聞「世界平和の祈り」2018年7月号ESSAYより。(I)
 

わらわれたって いいのです。 辻田東造

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かねちゃんが ろうかで

おしっこ もらして なきました。

みんなが くすくす わらった とき

あしのわるい かっちゃんが

ばけつに みずを くんで きて

さっさと ふいて やりました。

みんなが くすくす わらいだし

おべっかだ

むり すんなよ といいました。

べろを ぺろっと だしました。

でも かっちゃんは へいきな かおで

ぞうきんをあらいに いきました。

びっこ ひき ひき おりて いく とき

あたいが いくとよ

おもわず わたしが かけて いったら

じゃ ふたりでねと かっちゃんは

にっこり わらって いいました。

それから ふたりで

れんげの はな つんで かえりました。

 

『現代少年詩集』ポプラ社・1961
(新日本少年少女全集・第四十巻)から。(素直に自然に良いことが出来ることに感動です。世界人類が平和でありますように。I)

2018年6月23日 12時43分・沖縄慰霊の日 平和の詩「生きる」全文:沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子さん

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私は、生きている。

マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、

心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、

草の匂いを鼻孔に感じ、

遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

 

私は今、生きている。

 

私の生きるこの島は、

何と美しい島だろう。

青く輝く海、

岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、

山羊の嘶き、

小川のせせらぎ、

畑に続く小道、

萌え出づる山の緑、

優しい三線の響き、

照りつける太陽の光。

 

私はなんと美しい島に、

生まれ育ったのだろう。

 

ありったけの私の感覚器で、感受性で、

島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 

私はこの瞬間を、生きている。

 

この瞬間の素晴らしさが

この瞬間の愛おしさが

今と言う安らぎとなり

私の中に広がりゆく。

 

たまらなく込み上げるこの気持ちを

どう表現しよう。

大切な今よ

かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

 

七十三年前、

私の愛する島が、死の島と化したあの日。

小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。

優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。

青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。

草の匂いは死臭で濁り、

光り輝いていた海の水面は、

戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、

燃えつくされた民家、火薬の匂い。

着弾に揺れる大地。血に染まった海。

魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。

阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 

みんな、生きていたのだ。

私と何も変わらない、

懸命に生きる命だったのだ。

彼らの人生を、それぞれの未来を。

疑うことなく、思い描いていたんだ。

家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。

仕事があった。生きがいがあった。

日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。

壊されて、奪われた。

生きた時代が違う。ただ、それだけで。

無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。

悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

私は手を強く握り、誓う。

奪われた命に想いを馳せて、

心から、誓う。

 

私が生きている限り、

こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。

もう二度と過去を未来にしないこと。

全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。

生きる事、命を大切にできることを、

誰からも侵されない世界を創ること。

平和を創造する努力を、厭わないことを。

 

あなたも、感じるだろう。

この島の美しさを。

あなたも、知っているだろう。

この島の悲しみを。

そして、あなたも、

私と同じこの瞬間(とき)を

一緒に生きているのだ。

 

今を一緒に、生きているのだ。

 

だから、きっとわかるはずなんだ。

戦争の無意味さを。本当の平和を。

頭じゃなくて、その心で。

戦力という愚かな力を持つことで、

得られる平和など、本当は無いことを。

平和とは、あたり前に生きること。

その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 

私は、今を生きている。

みんなと一緒に。

そして、これからも生きていく。

一日一日を大切に。

平和を想って。平和を祈って。

なぜなら、未来は、

この瞬間の延長線上にあるからだ。

つまり、未来は、今なんだ。

 

大好きな、私の島。

誇り高き、みんなの島。

そして、この島に生きる、すべての命。

私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 

これからも、共に生きてゆこう。

この青に囲まれた美しい故郷から。

真の平和を発進しよう。

一人一人が立ち上がって、

みんなで未来を歩んでいこう。

 

摩文仁の丘の風に吹かれ、

私の命が鳴っている。

過去と現在、未来の共鳴。

鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

命よ響け。生きゆく未来に。

私は今を、生きていく。

 

◎沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子さん(沖縄と日本と地球を代表して相良さん『平和の心と感動をありがとう』。「世界人類が平和でありますように」)

 

祈りの力

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 祈りや瞑想が個人の精神や肉体に好影響を及ぼすことは、多くの研究によって科学的に証明されつつある。例えば、瞑想に習熟した仏教僧の脳波では、精神的安定を示すアルファ波が多いことがわかっている。これに対して、瞑想をしない一般の人では、ストレスと関係するベータ波が多い。ストレスが様々な病気の引き金になることが知られているので、アルファ波の優勢は健康状態の改善につながる。そういえば、座禅する禅僧には長寿の方が多い。
 最近では、祈りと瞑想が遺伝子レベルにまで影響を及ぼすことが解明されつつある。遺伝子研究の専門家である筑波大学名誉教授の村上和雄博士が、高野山の僧侶における遺伝子発現の活性化(オン・オフ)を調査したところ、僧侶に多く発現する遺伝子が見つかった。それらの遺伝子はいずれも、ウイルスの増殖を抑えたり、感染した細胞を除去したりすることが、遺伝子レベルで判明したのである。
 祈りにはさらに不思議な作用があることを、英国の科学ジャーナリスト、リン・マクタガード女史が報告している。意識と物質の関係に関心をいだき、量子力学をはじめとする最先端科学の現場をレポートしてきた彼女は、あるとき思い立って、自分でも意識と物質の関係についての実験を始めた。この実験は、多くの科学者の協力と助言を得て、試行錯誤しながらも、科学的にも検証可能な形で進められた。その結果は、彼女のそれまでの科学的常識を覆すものであった。
 彼女は最初、8人の瞑想グループを結成し、そのグループに遠隔地に住む病気で苦しむ人に癒しの祈りを送ってもらった。すると、その人には医者が驚くほどの改善が起こった。いくつもの8人グループに同じような祈りをしてもらったところ、その大部分で信じられほどの改善が起こった。
 遠隔地にある大麦の種に成長を促す祈りを送ったところ、祈りを送られた種は、何もしなかった種よりも、はるかに成長が早かった。さらに、もっと大勢の人の参加を得て、当時。内戦で毎日多くの人々が殺傷されているスリランカに平和の意識を送ってもらったところ、翌週、死傷者の数が劇的に減少した。
 数々の実験を通して、マクタガード女史は、意識が物質世界に影響を及ぼすという事実をまのあたりに見せられたのである(「パワー・オブ・エイト」ダイヤモンド社)。
 祈りとは自我欲望にもとづく単なる心弱い願望ではない。祈りには個人を変え、世界を変える偉大な力があるのだ。誰でも日常生活の中で簡単にできる祈りが世界平和の祈りである。(N)

月刊新聞「世界平和の祈り」2018年6月号。ESSAYより。世界人類が平和でありますように (I)

忖度(そんたく)

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 札幌の隣の当別村(現在は当別町)出身の佐々木友次さんは、飛行機が大好きな少年だった。1923年生まれというから、私の父より一歳年下である。私の父は歩兵として満州に出征させられたが、佐々木さんは最初、逓信省航空局に入り、その後、飛行士としての訓練を受け、戦局の悪化に伴い、特攻隊に編入された。
 特攻隊というと、飛行機ごと米艦に体当たりする攻撃方法で知られている。佐々木さんも上官から、体当たりして死んでこい、と命令されたが、攻撃の目的は貴重な飛行士と飛行機を失うことではなく、敵艦に打撃を与えることなのだから、爆弾を命中させれば、飛行士も飛行機も何度も使えるはずだ、と主張して、体当たり攻撃をやめ、爆弾を命中させる戦法を取った。その結果、九回も特攻攻撃に出動しながら、奇跡的に生き延びた(鴻上尚史「不死身の特攻兵」)。
 当時、上官の命令は、どんな理不尽なものでも、天皇陛下の命令と等しく、それに背くことは許されなかった。多くの特攻隊員は、自分は安全な立場にいながら、部下に死を強要する上官に激しい憤りを感じながら、死地に赴いたようである。しかし、佐々木さんは、理解ある上官もいて、自分のまっとうな主張を貫いたのである。
 現在の日本でも、会社などの組織に入ると、上司の無理な要求に圧迫されて、過労死をする人が後を絶たない。特攻隊と同じような状況だ、と言ったら言い過ぎだろうか。
 欧米人の個人主義に対して、日本人の集団主義ということは、昔からよく言われていることだが、昨年は「忖度」という言葉が流行語大賞になった。辞書によれば、「他人の気持ちを推しはかること」という意味だが、官庁組織では、上位の権力者の意向をくみ取り、それに合わせた言動をすることを意味するようだ。公正であるべき行政が歪められているのではないか、という疑問が「忖度」という語にはつきまとってくる。
 しばらく前には「KY(空気が読めない)」という言葉がはやったが、この言葉も、個人の考え・主張よりも、集団やその場の「和」を重視している。
 組織の上位者から言われたことをそのまま遂行し、周囲の人々と同じことをするのは、個人の責任は問われないので、ある意味では楽な生き方である。しかし、その集団圧力に流されて、自分の生命までも危険になったり、法律や官僚としての倫理を逸脱するようになっては本末転倒である。それは真の「和」ではなく、付和雷同である。集団がおかしな方向に向かっているならば、佐々木さんのように、忖度せず、それにあえて異を唱えることも必要ではなかろうか。(N)

月刊新聞「世界平和の祈り」2018年4月号より。(I)

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