きいちゃんのこと(障害児)ー 妹は私の誇りです。1/4の奇跡。「強者」を救う「弱者」の話。から
きいちゃんは、小さいときに出た高熱が原因で、思うように手や足を動かせないという障害を抱えたお子さんでした。
ベッドから起き上がる、食事をする、トイレに行く、といった日常のいろいろなことを一人ですることが難しい、そんな障害を持った女の子でした。
きいちゃんは、どちらかというと暗い印象で、「どうせ私なんて」というのが口ぐせ。いつもうつむいて、笑顔をみせることもありませんでした。
でもある日、そんなきいちゃんがとてもうれしそうな表情で、「山元先生」と言いながら、私のところへ飛び込んで来てくれたことがありました。
「きいちゃんどうしたの」と尋ねると、きいちゃんはこう言いました。「こんどお姉ちゃんが結婚するのよ」
こんなうれしそうな顔のきいちゃんを見たのは、初めてです。
私もうれしくなって、「そう、よかったね」と一緒になって喜ぶと、「ねえ、山元先生、結婚式ってどんなの? 私、どんな服着ようかしら」と、きいちゃんはいつまでも胸を躍らせているようでした。
ところが、その数日後。きいちゃんが机に顔を伏して泣いています。
どうして泣いてるの、と聞くと、「お母さんが私に、『やっぱり結婚式に出ないでほしい』って言うの。お母さんは私のことが『恥ずかしい』と思っているのよ。お姉ちゃんばかりがかわいいんだわ、私なんて、生まなければよかったのに」
と、言葉にならない声を出して、きいちゃんは泣き続けるのです。
お母さんは、お姉さんのことばかりかわいがるようなかたではありませんでした。どちらかというと、きいちゃんのことを、本当にいつも気にしておられるようなかただったのです。
お母さんの本当の気持ちはわかりませんでしたが、もしかしたら、結婚式に出ることで、お姉さんやきいちゃんが肩身の狭い思いをするんじゃないか、と考えられたのかもしれません。
私は、きいちゃんに、すぐに声をかけることができませんでした。何を言っても、彼女を傷つけてしまうような気がしたからです。
しばらくして私は、「じゃあ、お姉さんに贈る結婚式のプレゼントを作ろうよ。浴衣なんか、どうかな」と、きいちゃんに提案しました。
きいちゃんは泣くのをやめて、コクリとうなずきました。
でも、正直に言うと、手足に重い障害があるきいちゃんに、浴衣を縫い上げることはできないだろう、と思っていたのです。
ひと針でもふた針でもいいからきいちゃんに縫ってもらって、あとは全部、私が縫えばいいかな、ミシンだってあるし、と安易に考えていました。
ところが、きいちゃんは「全部、私が縫う」と言い張るのです。
針の先で、何度も指を突いてしまうので、練習用の白い布が、すぐに血で赤く染まってしまいました。でも、きいちゃんは「大丈夫。大好きなお姉ちゃんのためだから、私、ががんばるよ」と言って、学校にいる間も、寮(きいちゃんは実家から離れて暮らしていました)にいる間も、ずっと縫い続けていたのです。
結婚式のちょうど10日前。とうとう浴衣が出来上がりました。
驚くことに、きちゃんは、浴衣をほとんど一人で縫い上げてしまったのです。本当に一生懸命に仕上げて、とても素敵な浴衣になりました。
そして、その浴衣を離れて住むお姉さんのところへ宅急便で急いで送ると、すぐにお姉さんから電話がかかってきました。私ときちゃんに、結婚式に出てもらいたい、ということでした。
きいちゃんだけでなく、私も・・・。
お母さんのお気持ちを考えると、出席してもいいのか迷ったので、お母さんに相談の電話をしてみました。
「◯◯(きいちゃんのお姉さんの名前)が、どうしても出席してほしい、と言って聞かないんです。出てやっていただけますでしょうか」
お母さんから、そうおっしゃっていただきました。
私ときいちゃんは、結婚式に出ました。きいちゃんは、お母さんに新しいワンピースを買ってもらって、とてもうれしそうでした。
ところが、式場に入ると車いすのきいちゃんは注目の的。きいちゃんをジロジロ見て、何かひそひそ話をしているのが聞こえてきました。
「どうしてあんな子を連れてきたのかね。気の毒に」
「あの子の面倒は、これから誰が見るのだろう」
「お姉さんに赤ちゃんが生まれたら、障害のある子が生まれるんじゃないだろうか」
きいちゃんはごちそうを前に、すっかりうつむいてしまい、「食べたくない」と言いました。
やっぱり、来なかったほうがよかったのではないか。きいちゃんは、どんな気持ちで聞いていたのだろう。
そのとき、お色直しを済ませたお姉さんが入場してきました。
驚いたことに、お姉さんは、きいちゃんが縫った、あの浴衣を着ていたのです。
お姉さんは、新郎といっしょにマイクの前に立ち、そしてはっきりとした口調で、こんなふうにあいさつされました。
「皆さん、この浴衣を見てください。この浴衣は、私の大切な妹が縫ってくれたものです。妹は、小さいころに高い熱が出て、手や足に重い障害を持ちました。そのために私たち家族と、今も離れて暮らしています。両親と一緒に暮らす私を、うらんでいるんじゃないかな、と思ったこともありました。でも、そうじゃなかった。私は浴衣が届いたときに、涙が止まりませんでした。今、高校生で、こんな素敵な浴衣を縫える人が、いったい何人いるでしょうか。妹は私の誇りです」
お姉さんが話し終えると、シンと静まり返っていた会場は、拍手でいっぱいになりました。
拍手はずっと鳴りやみません。本当に、ずっと長い間、会場に拍手が鳴り響いていました。
きいちゃんは恥ずかしそうだったけど、とっても、とってもうれしそうでした。
きいちゃんはそれからすごく明るくなりました。いろいろなことに挑戦したい、と言い、和裁を習い始めました。
そして今、きいちゃんは、和裁を一生の仕事に選んでいます。
「1 / 4 の奇跡」山元加津子著マキノ出版 から。「世界人類が平和でありますように」(I)